笑点の歴代司会者と歴代座布団運び一覧!?

テレビ番組

お茶の間に笑いを届け続ける、人気長寿番組「笑点」。
半世紀以上も日本人を笑顔にしてきたこの番組にはたくさんの魅力が溢れています。
今回は、笑点を支えてきた歴代司会者と座布団運び、そして象徴的な座布団の秘密に迫ります。
懐かしさと新しい発見が詰まった笑点の世界、一緒に覗いてみましょう。



笑点の歴代司会者一覧:笑点を彩る6人の名司会者たち

まずは、歴代の司会者とその時期に活躍した大喜利出演者を振り返ってみましょう。

司会者 在任期間 主な大喜利メンバー
立川談志 1966年〜1969年 三遊亭円楽、桂歌丸、三遊亭金遊、林家こん平、柳亭小痴楽、
前田武彦 1969年〜1970年 桂歌丸、林家こん平、林家木久蔵(後の木久扇)、林家九蔵(後の三遊亭好楽)
三波伸介 1970年〜1983年 桂歌丸、林家こん平、林家木久扇、三遊亭好楽、5代目三遊亭円楽
5代目三遊亭円楽 1983年〜2006年 桂歌丸、林家こん平、林家木久扇、三遊亭好楽、三遊亭小遊三(1988年から)
桂歌丸 2006年〜2016年 三遊亭好楽、林家木久扇、三遊亭小遊三、春風亭昇太、林家たい平
春風亭昇太 2016年〜現在 三遊亭好楽、林家木久扇(2024年3月勇退)、三遊亭小遊三、林家たい平、林家三平(2016年~2021年)、桂宮治(2022年から)、春風亭一之輔(2023年から)、立川晴の輔(2024年4月から)

笑点といえば、あの独特の舞台セットとメンバーの掛け合いが思い浮かびます。
司会者の存在も、この番組の顔として重要な役割を果たしてきましたね。
これまで6人の個性豊かな司会者が、笑点を盛り上げてきました。

 

【笑点】初代司会者:立川談志

まずは、初代司会者の立川談志(たてかわ だんし)さん。
1966年から3年間、鋭い話術で番組を引っ張りました。
立川談志さんが司会を務めていた頃に、現在も続く「演芸」「対談」「大喜利」の構成が生まれたんです。
これが今の笑点の原型になりました。
「笑点」という番組名は、当時人気だった三浦綾子の小説『氷点』をもじったもので、談志さんのアイデアだったんです。
また、現在も続く座布団制度も談志さんの時代に導入されましたものでした。
ただ、メンバーとの演出方針の違いで降板することに。
新しい番組だけに、いろんな意見がぶつかり合いました。
立川談志さんの在任期間は短かったけど、笑点の土台を作ったのは間違いないと私は確信しています。

 

【笑点】2代目司会者:前田武彦

その後を引き継いだのが、前田武彦(まえだ たけひこ)さん。
タレントとしても活躍していた前田さんの時代に、現在も使用されている「笑点のテーマ」という音楽が作られました。
笑点は現在でこそ落語家が中心となっていますが、特に初期の頃は様々な職種の芸能人が出演していたんです。
前田さんはタレント・司会者として活躍されていた方でした。
実は前田さんの在任期間は約1年と短い期間でした。
当時、前田さんは他の番組でも大忙しで、笑点の収録に時間を割くのが難しかったんです。
それに、番組の構成も大きく変わる時期で、前田さんの進行方法が当時の番組の雰囲気に合わない部分もありました。
今のような「笑点」の形ができる前の段階で、スタッフも方針を模索していた時期なんですね。

 

【笑点】3代目司会者:三波伸介

3代目は三波伸介(みなみ しんすけ)さん。


歌手としても有名だった三波さんは、明るく朗らかな司会ぶりで13年もの間、番組を支えました
三波さんが司会者に就く時には、まるで映画のようなドラマチックな展開がありました。
それは、1970年2月8日、北海道での収録でのこと。
大雪で当時の司会者・前田武彦さんが来られなくなるというハプニングが起きました。
そこで白馬の騎士のように現れたのが、出演者として招かれていた三波伸介さん。
急遽、司会を担当することになりました。
これが運命の分かれ道でした。
この時の三波伸介さんの司会ぶりが大好評で、番組関係者も「これだ!」と思ったんでしょう。
約10ヶ月半後の1970年12月20日、正式に司会者として抜擢されることになりました。

三波伸介さんの特徴は、大喜利メンバーの個性を引き出すのが上手
だということ。
桂歌丸さんと三遊亭小圓遊さんの罵り合いや、林家木久扇さんの「いやんばか〜ん」など、今でも語り草になる名物コーナーを次々と生み出したんです。
さらに、三波さんは視聴者との距離も縮めました。
現在も続く、司会者がオープニングで客席に座って挨拶するスタイルを初めて導入したんです。
コメディアンや俳優として活躍していた三波伸介さんは視聴者は、何をしたら喜ぶのか、を知っていたのかもしれませんね。
三波伸介さんが司会者となったことで、笑点の方向性が決まり、国民的番組への道を歩み始めました。
臨時の司会者からスタートして13年も務めた三波さん。
笑点の歴史に大きな影響を与えた重要な人物と言えますね。

 

【笑点】4代目司会者:5代目三遊亭圓楽

そして、4代目の司会者は5代目三遊亭圓楽(さんゆうてい えんらく)さん。なんと1983年から2006年まで、23年もの間、司会を務めたんです。
「23年」は笑点の歴代司会者の中で最も長い期間です。
まさに笑点の顔と言える存在でした。
圓楽さんの司会時代は、笑点の黄金期といってもいいでしょう。
落語家としての経験を活かした巧みな進行で、メンバーとの掛け合いが絶妙でしたね。

特に印象的だったのが、「ウマ面」というあだ名。
面長の圓楽さんを、メンバーたちが馬に例えてイジるんです。
これが意外と人気で、番組の名物コーナーになっちゃいました。
「ウマ面」ネタのバリエーションが豊富だったんですよ。

例えば、桂歌丸さんが西部の保安官に扮して、「そいつは何者だね!?」って円楽さんに聞かれて、「どーこの馬の骨だか」って返すんです。
そうすると圓楽さん、「山田くん!全部持っていきなさい!」って座布団全部没収しちゃうんです(笑)。

他にも「馬頭観音」とか「モアイ像」なんて呼ばれることも。
これらのネタ、みんな圓楽さんの特徴的な容姿を面白おかしく表現したものなんです。
でもそれだけじゃなく、「若竹の借金」とか「小言が長い」なんて言われたり、時には「本番中に居眠り」なんてネタにされることも。
司会者自身が笑いの対象になるということ自体が、新しい試みでした。

大喜利メンバーとして笑点に出演していた圓楽さんは「ラベンダーマン」としても親しまれていました。
紫色の紋付を着用して登場する姿は、視聴者の間で大人気で、このキャラクターは圓楽さんのトレードマークになりました。

 

また、圓楽さんは知的な一面も見せていました。
都々逸(どどいつ:七・七・七・五の音数律に従う定型詩)を披露したり、「よろずガイダンス」というコーナーで落語にまつわる話を紹介したり。
笑いだけでなく、ちょっとした知識も得られる。そんな番組作りをしていたんです。

三遊亭圓楽さんが司会を務めていた頃に導入された演出方法で、今でも続いているものにはメンバーが1人ずつ登場する今の形があります。
ひとりづつ登場することで、出演者ひとりひとりの顔がはっきりとわかりますし、「これから笑点がはじまるぞ!」と、観る側にも準備ができるように私は思いました。
今では、この形式は、笑点を象徴するものの一つとなっていますね。

 

そして、忘れちゃいけないのが座布団運びとの関係。
山田隆夫さんが座布団運びになってから、回答者を突き飛ばしたりする演出が増えたんです。
これも圓楽さんのアイデアだったんですよ。

三遊亭圓楽さんは、大喜利メンバー全員を一つのファミリーとして扱う姿勢がありました
メンバーの入れ替えをほとんど行わず、一貫したチームワークを維持
これにより、番組全体に温かみと一体感が生まれたんです。

 

残念ながら、2006年に体調面の不安を理由に司会者を退き、同時に笑点からも引退。
この引退は多くの視聴者に惜しまれました。そして、圓楽さんが築いた「笑点」は、その後もずっと受け継がれています。
笑点は、圓楽さんの長期にわたる司会によって、多くの人々に愛される番組となりました。
メンバーの個性を引き出し、番組全体を和やかな雰囲気で包む。
そんな圓楽さんの姿は、後輩たちにも大きな影響を与えたんです。

 

【笑点】5代目司会者:桂歌丸

5代目は桂歌丸(かつら うたまる)さん。

出典:スポーツ報知

長年の大喜利メンバーから司会者に抜擢された歌丸さん。
2006年から2016年まで、司会者として10年間にわたって笑点を引っ張りました
歌丸さんの司会スタイルは、鋭い突っ込みと温かみのある進行で、視聴者に大人気でした。

 

特に印象的だったのが、大喜利開始時の定番フレーズ。
「○○な(主に罵倒ネタ)皆様のご挨拶からどうぞ」というこのフレーズは、歌丸さんの代名詞となりました。
例えば、「頭の中身がスカスカな皆様」「顔が三日月のような皆様」(主に三遊亭好楽さんを指して)、「ハゲ頭がピカピカな皆様」(主に林家木久扇さんを指して)など、メンバーの特徴を巧みに捉えた罵倒ネタで毎回笑いを誘いました。

 

歌丸さんの時代に生まれた伝説的な出来事といえば、「歌丸ジェノサイド」でしょう。
これは全員の座布団を一度に没収するという衝撃的な出来事で、視聴者の間で大きな話題になりました。
桂歌丸さんの最後の司会となった2016年5月22日の放送回は特に印象に残っています。

この日、三遊亭小遊三さんが「お疲れさまでございます。 お礼に湖畔の宿を予約しておきました」と冗談を言い、さらに「抱いてください」とおどけてみせました。
これに対し歌丸さんは「山田君、気持ちが悪いから、全員の(ざぶとん)を全部持っていってください」と返し、番組最後の歌丸ジェノサイドが発動。
笑いと感動が入り混じった、歌丸さんらしい最後の締めくくりとなりました。

 

桂歌丸さんは、メンバーへの接し方にもこだわりがありました。
「舞台に並んだら全員同格。上も下もない」という意識を徹底させ、新メンバーが入った際も、はっきりとそのことを伝えていたそうです。

 

歌丸さんは健康問題と闘いながら司会を務めていました。
2008年には腰の手術のため休演。
その後も慢性閉塞性肺疾患(COPD)と闘いながら、酸素ボンベを使用して高座に立ち続けました。この姿勢は多くの視聴者に感動を与えました。
落語家さんは話すのが仕事。話すときには酸素をたくさん必要ですから、大変だったのでは、と私は想像します。

 

2016年、笑点は放送開始50周年を迎えた、この記念すべき年に、歌丸さんは司会を勇退。
5月22日の放送が最後の司会となりました。
生放送後の記者会見では、「この50年、面白いこと、悲しいこと、悔しいこと…いろんなことがありました」と語り、観客への挨拶で号泣したことが大きな話題となりました。

 

桂歌丸さんは、司会を勇退したものの、笑点初となる「終身名誉司会」に就任します。
2018年7月2日に桂歌丸さんが亡くなるまで、番組に関わり続けたんです。
これは笑点での桂歌丸さんという存在の大きさを意味していますね。
歌丸さんの司会時代は、圓楽さんとは違った視点を取り込み、それは、笑点の歴史に深く刻まれる10年間となりました。
その温かみのある司会と鋭いツッコミは、今でも多くの人々の記憶に残っていると私は思います。

【笑点】6代目司会者:春風亭昇太

そして現在の司会者、春風亭昇太(しゅんぷうてい しょうた)さん。

出典:春風亭昇太オフィシャルサイト


2016年から務めていますが、落語家としての経験を活かしつつ、より現代的な感覚で番組を進行しています。

春風亭昇太さんは、大喜利メンバーの中でも年齢も芸歴も若いので、司会者としては、やりづらい部分もありました。
大先輩にツッコミをいれるのは、なかなか勇気のいることですよね。

司会に就任した当初のエピソードとしては
・三遊亭好楽、三遊亭小遊三、林家木久蔵には「師匠」をつけて呼び、後輩である、林家たい平、林家三平には「君」づけで呼んでいた。
・大喜利メンバーが昇太さんの話を聞かず、無駄話ばかりしていたので「学級崩壊」と言われていた

今では、呼び名は先輩も後輩も「さん」付け。山田隆夫さんは「山田君」の愛称で、お茶の間にも浸透していましたが、「山田さん」と呼ばれることになりました。

 

昇太さんの時代には、2020年の新型コロナウイルス感染拡大により、一時期リモート出演での収録を行うという前代未聞の事態も経験しましたね。

 

各司会者の時代で、笑点は少しずつ形を変えてきました。
でも、「笑い」を届けるという本質は変わっていません。
司会者の変遷を見ていると、笑点が長寿番組として成功し続けている秘密が少し見えてくるような気がします。
時代に合わせて変化しつつも、伝統を守り続ける
その絶妙なバランスが、笑点の魅力だと私は感じています。


笑点の歴代座布団運び一覧:笑点の隠れた主役たち

笑点って、座布団運びの存在を抜きには語れませんよね。
番組が始まった時から、ずっと欠かせない存在なんです。
これまで6人もの人が、この大切な役目を担ってきました。

まずは、歴代の座布団運びを振り返ってみましょう。

名前 在任期間 特記事項
初代 三升家勝松
(みますやかつまつ)
1966~1967年 本名は桂文字助、後に4代目桂文字助を襲名
2代目 石井伊吉
(いしいいよし)
1967~1968年 毒蝮三太夫(どくまむしさんだゆう)の名前で活動
3代目 三遊亭笑遊・三笑亭夢八 1968~1969年 3代目座布団運びはこの二人が担当
4代目 小野小春・桂米助 1969~1977年 小野小春は女性初の座布団運び。桂米助は小野小春の補佐役だった。
5代目 松崎真
(まつざきまこと)
1977~1984年 タレント、俳優としても活躍
6代目 山田隆夫
(やまだたかお)
1984年~現在 約40年間務める

 

座布団運びの役割は、笑点の歴史とともにどんどん変化してきました。
最初は単に座布団を運ぶだけだったのが、今や番組の顔とも言える存在になっています。

例えば、2代目の石井伊吉さん。
石井伊吉さんは座布団運びになる前は、「ウルトラマン」のアラシ隊員として活躍していました。子供たちに大人気の俳優さんだったのですね。
そんな有名人がなぜ、笑点の座布団運びに??
という疑問がわくのですが。

実は、石井伊吉さんは、当時の司会者の立川談志さんとドラマコントをやっていて、知り合いでした。その頃の座布団運びは、落語家の卵 前座見習や二ツ目の人が担当していたのですが、さすがに彼らが、大師匠の座布団を奪ったりはできないですよね。
全く違う分野の人だったら、師匠方に対して、遠慮なく掛け合いができるだろう、と談志さんは考えて、石井伊吉さんに白羽の矢をたてた、という訳なんです。
石井伊吉さんは、「毒蝮三太夫」という名前の方が知られていますが、この名前も談志さんがつけたんですよ。

 

4代目の小野小春さんは、女性で座布団運びって意外な気がしますが、そのご縁は、司会者の前田武彦さんでした。
小野さんは前田武彦さんと同じ事務所で、それがご縁で、笑点でアシスタントを務めることになったのです。

 

5代目の松崎真さんで思いだすのは、
「手を挙げて横断歩道を歩きましょう」
というフレーズですね。挨拶の時の決まり文句でした。
懐かしいですね~

 

そして、今の座布団運びといえば山田隆夫さん。
もう40年近くも務めてるんですから、すごいですよね。
山田さんが選ばれたのは

「重い座布団をちっちゃいのが運んだらおもしろいんじゃないか」

っていうアイデアからだったんです。
これが大当たり!
山田さんの時代になって、有名な「突き飛ばし芸」が始まりました。
5代目三遊亭圓楽さんと林家こん平さんが提案したんですが、これが笑点の新名物に。
山田さんが回答者から罵倒されたり突き飛ばされたりする姿が、みんなの笑いを誘いました。

 

座布団運びの姿も時代とともに変わっていますね。
こうして見ると、座布団運びって単なる裏方じゃないことがあらためて分かります。
笑点の魅力を引き立てる、なくてはならない存在なんです。
機知に富んだ大喜利と、コミカルな座布団運び。
このバランスがあるからこそ、笑点は50年以上も愛され続けてるんじゃないでしょうか。
座布団運びの努力と工夫が、笑点を長寿番組にした秘訣のひとつかもしれません。


笑点の座布団:その秘密に迫る

笑点の座布団って、実は、ただの座布団じゃないんです。
この座布団には秘密がいっぱいあるんです。

 

大きさが普通じゃない!
普通の座布団の2倍の大きさなんです。
しかも、見た目をよくするために2枚重ねになってるんです。
だから、1枚で3キロ以上もあるんです。
10枚積み上げたら、30キロ超え。
座布団運びの人って、すごい重労働なんですね。

 

素材にこだわった高級座布団!
表地は、上質なちりめん生地を使ってるんですよ。
値段も半端じゃなくて、1枚なんと36,000円!高級座布団ですね。
でも、一般の人は買えないんです。
笑点だけの特別なものなんですよ。
笑点では、この座布団を、60枚ストックしているのです。
36,000円×60枚=2,160,000円!
座布団に総額216万円とは、驚きです!
しかし、座布団は笑点ではとっても大事な小道具。
こだわっているのも、うなづけます。
ちなみに、地方で収録するときは、この座布団を全部トラックで運ぶそうですよ。

 

色はいろいろ?!

座布団の色は変わることがあります。
普段は銀鼠色や水色なんですけど、2022年からは新しい座布団が登場しました。
9枚目用の「リーチ座布団」と、10枚目用の金色の座布団です。
これで、もっと演出に変化が出せるようになったんですね。
ところで、笑点の座布団は、数年に一度不定期で交換されているのですが、今使われてる座布団は、2009年3月から使われてるんです。
なんと15年近く使われているのですね。
それなのに、きれいな状態を保ってるなんてすごいですよね。
汚れが目立たない色を選んでいるのかもしれないなぁ、と私は想像してしまいました。

 

正方形じゃない?!
実は座布団の形は、正方形ではなく長方形だと言われています。
積み重なった座布団の上に、大喜利メンバーが座るわけですが、その時にキレイに見えるのが、長方形なんだそうです。
形にもこだわりがあったのですね。
座布団といえば、正方形が一般的ですので、形もまた、「笑点オリジナル」ということですね。

 

座布団獲得ルールとは?

座布団のルールについては、笑点ファンの方なら既におなじみかもしれませんね。
でも、改めて整理してみると、その面白さが際立ちます。
良い回答には座布団をあげて、悪い回答だと取っちゃうんです。
でも、誰が座布団をあげるか取るかは、基本的に司会者の裁量なんですよ。
時には、司会者と回答者のやりとりで座布団の増減が決まることもあります。
そして、座布団10枚を達成すると紙吹雪を撒いて祝福され、豪華賞品がもらえるんです。
賞品は毎回違うんですけど、海外旅行とか、番組特製ジグソーパズルとか、過去には「やりたいことを叶える権利」なんていうのもありました。
わくわくしますよね。
座布団運びの山田さんが勝手に座布団をあげたり取ったりすることもあり、これも笑いのポイントになっていますね。

 

こうしてみると、笑点の座布団って単なる小道具以上の存在なんだってわかります。
番組の歴史とともに進化してきて、今や笑点の象徴的な小道具になっています。
落語家さんの小道具は手ぬぐいと扇子ですが、笑点の小道具は座布団、ということですね。


歴代司会者・座布団運び・座布団の秘密のまとめ

さて、笑点の歴代司会者、座布団運び、そして座布団の秘密について見てきましたが、いかがでしたか?長寿番組の裏側には、こんなに多くの工夫や努力が隠れていたんですね。

  • 笑点は6人の個性豊かな司会者によって、時代とともに進化してきた。
  • 座布団運びの役割も、小道具係から重要な演出要素へと成長した。
  • 座布団は笑点オリジナルの特別仕様で、番組の演出に大きく貢献している。

 

笑点が50年以上も愛され続けている秘密は、司会者の個性、座布団運びの演出、そして座布団といった小道具まで、番組のあらゆる要素へのこだわりにあるんですね。
時代に合わせて変化しつつも、伝統は守り続ける。 その絶妙なバランスが、笑点の魅力なんでしょうね。

次の日曜日が待ち遠しくなってきました!

 

笑点メンバーは高齢の方も多いですが、実際には何歳なのでしょうか。こちらで詳しくご紹介していますよ。

 

気になる笑点メンバーの年収とギャラについては、こちらで詳しくご紹介しています。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 



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