寺尾(錣山親方)の奥さん(妻)は?子供は?プロフィールや経歴を知りたい!

相撲力士

寺尾は、イケメンの相撲取りとして、とても人気のある力士でしたね。

2023年12月に60歳の若さで亡くなったのが残念でなりません。

寺尾は錣山(しころやま)親方として錣山部屋を運営、所属する弟子は阿炎(あび)が有名ですね。

今回は、土俵をわかせた名力士、寺尾の素顔に迫ってみたいと思います。

イケメン力士 寺尾が射止めた奥さん(妻)はどのような人?

子供はいるの?

寺尾のプロフィールや経歴は?

そんな疑問にお答えします。

どうぞ最後までお読みくださいね。

寺尾(錣山親方)の奥さんは福薗伊津美さん!?

寺尾の妻の名前は、福薗伊津美(ふくぞの いつみ)さんです。

プロフィールをご紹介しましょう。

出身地:大分県中津市
生年月日:1954年4月24日

高校の美術教師の父親と、元高校教師で旅館業に携わっていた母親の間に次女として生まれました。

寺尾よりも8歳年上ということですね。

奥さんになる伊津美さんは、寺尾とは再婚なんです。長男を大分で出産していることから、地元で結婚生活を送っていたとみられます。
その後、なんらかの理由で独身にもどりました。離婚なのか死別なのかはわかっていません。

 

大分県出身の奥さんと寺尾はどのような縁で出会うことになったのでしょうか。

寺尾と奥さん(妻)の馴れ初めは?

寺尾は、伊津美さんが代官山でブティックを経営していた時に知り合いました。

出会った当時の1984年頃は、寺尾は21歳、番付は十両でした。それから約10年交際した、1994年7月に結婚しました。

結婚した時には、寺尾は31歳、幕内上位に定着できていました。

十両から幕内力士となり、幕内でも平幕から小結へと番付をあげていった寺尾をそばで支えていたのが、伊津美さんなのですね。

 

29歳で代官山にブティックを構えていた伊津美さん。
お店を経営することは誰でもできることではありませんよね。
きっと、伊津美さんは、行動力や決断力、経営センスなどを兼ね備えた才女なのですね。

その力が「寺尾」という名力士を支えたといっても言い過ぎではないと思いますが、みなさんはどう思いますか?


寺尾(錣山親方)の子供は息子?

寺尾には息子が二人います。

長男は、福薗由布樹(ふくぞの ゆうき)

次男は、福薗晴也(ふくぞの せいや)

 

それぞれご紹介します。

寺尾(錣山親方)の長男は福薗由布樹(ふくぞの ゆうき)

長男の福薗由布樹さんは、奥さんの連れ子で、寺尾とは15歳差です。

「お父さん」というより「お兄さん」という感じですね。

長男は俳優として、ドラマや映画、舞台で活躍していました。

経歴をご紹介します。

芸名:寺尾由布樹(てらお ゆうき)
生年月日:1977年12月21日
出演舞台:「ロミオとジュリエット」蜷川幸雄演出(1997年) 他
出演ドラマ:「はみだし刑事純情系」テレビ朝日(2000年) 他
出演映画:「22才の別れ Lycoris葉見ず花見ず物語」大林宣彦(2007年) 他

2010年以降の活動についてはわかっていませんので、表舞台から離れている可能性があります。

俳優としてたくさんの経験があることや、蜷川幸雄や大林宣彦に認められた実力を持っていることから想像して、演技指導など指導者として活躍していることもあり得ると思います。

寺尾(錣山親方)の次男は福薗晴也(ふくぞの せいや)

寺尾の次男は、1995年2月に誕生しました。

寺尾と奥さんが1994年7月に結婚したときには、お腹の中にいたのことになりますね。
交際から10年経って結婚したということは、次男の存在が大きかったのでは、と私は思います。

再婚である奥さんと、角界のサラブレッドで人気力士の寺尾との結婚は、周囲の反対があったことが想像できます。

新しく宿った命があったからこそ、寺尾と奥さんは結ばれることができたのではないでしょうか。

 

次男の福薗晴也さんは、2022年9月司法試験に合格しました。
学歴は、
・早稲田大学 法学部
・早稲田大学大学院 法学研究科修士課程
・早稲田大学大学院 法務専攻

2022年4月から早稲田大学法学学術院の助手として働くなか、9月に司法試験への合格を果たしました。

とても優秀なのですね。

 

2人の息子が相撲界に進まなかったのは、残念な気もしますが。


寺尾(錣山親方)のプロフィールは?

それでは、寺尾のプロフィールをご紹介しましょう。

本名 福薗好文(ふくぞの よしふみ)
生年月日 1963年2月2日
没年月日 2023年12月17日 60歳
出身地 鹿児島県姶良市(かごしまけん あいらし)
身長 185㎝
体重 116kg
最高位 東関脇
初土俵 1979年7月場所
入幕 1985年3月場所
引退 2002年9月場所

父は元関脇の鶴ヶ嶺で井筒部屋を運営する親方、兄二人も力士という相撲一家で育った寺尾でしたが、意外にも相撲を始めたのは、高校に入学してからだったのです。

誘われて入部した相撲部でしたが、稽古の厳しさとその先にある勝負の世界に魅了されていった寺尾には、やはり相撲の血が流れていたのですね。

 

「相撲取りになって」

という母親の遺言をきっかけに相撲界に入ることを決めたのです。

しかし、太りづらい体質だった寺尾は体重を増やすことにとても苦労しました。

初土俵の時に85kgだった体重は、食べても食べても身につかず、100キロまで増やすのに5年かかったのです。体重が増えるにつれ、番付もあがっていきましたから、やはり、どっしりした体というのは大切なのですね。


寺尾(錣山親方)の経歴は?

寺尾は現役時代、数々の記録を残していますので、一部をご紹介します。

・通算出場:1795回(歴代4位)
・通算連続出場:1359回(歴代6位)
・幕内在位:93場所(歴代5位)
・幕内出場:1378回(歴代5位)
・通算勝利:860勝(歴代10位)
・通算敗北:938敗(歴代2位)
・金星:7個
・三賞:7回

寺尾曰く、

敗北数が多いのは、それだけ出場しているからだ。

確かにそうですね。

幕下以下なら、全部負けても7敗ですから。

たくさん土俵に立ち続け、活躍してきたことがわかります。

「土俵の鉄人」という愛称がついているのも頷けますね。

 

寺尾は、引退後は年寄「錣山(しころやま)」を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方となりました。

その後、2004年1月に井筒部屋から分家、錣山部屋を創設しました。

2015年には、不整脈で入院するなど体調を崩しがちになります。

2022年11月場所で、弟子の阿炎(あび)が幕内最高優勝を果たした時には入院中で、病院から声援をおくっていたことで話題になりましたね。

錣山部屋から、初めての優勝力士が出たことは、寺尾にとって、大変に喜ばしいことだったでしょう。


寺尾(錣山親方)の奥さん、子供、プロフィール、経歴のまとめ

まとめです。

・寺尾の奥さんは、福薗伊津美(ふくぞの いつみ)さん
・寺尾の奥さんは、再婚です
・寺尾の長男は、福薗由布樹(ふくぞの ゆうき)さん
・寺尾の次男は、福薗晴也(ふくぞの せいや)さん
・寺尾の父は元関脇、2人の兄も力士
・寺尾は金星7個、三賞7回などの成績を残した

 

寺尾のように小柄でも活躍している力士はたくさんいますね。
小兵力士についてはこちらの記事でご紹介しています。https://nihonbunka.net/kohyorikisi-genekiichiran-1930

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。


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