照ノ富士親方誕生!引退のワケは?怪我や病気?横綱の成績と休場回数は?

引退力士

2025年1月17日 横綱 照ノ富士が引退することが決まりました。

 

両膝と腰の怪我、そして、糖尿病をかかえながら土俵を守ってきた横綱 照ノ富士。

照ノ富士は、大関から序二段に陥落し、そこから横綱に這い上がった史上初の力士です。

 

この記事では、照ノ富士親方誕生について、引退のワケやけが・病気の具合、横綱時代の成績と休場回数についてご紹介しています。




照ノ富士親方 誕生!

照ノ富士は、2025年1月17日引退することが発表されました。

出典:NEWポストセブン

3場所ぶりに出場した2025年初場所は、初日に若隆景に負け、2日目3日目は勝ったものの、4日目翔猿に負けました。

土俵の下に落ちた照ノ富士の様子を見た時、膝が痛そうで私は心配していたのですが。

5日目から休場し、その夜、引退が報じられました。

6日目(1月17日)に日本相撲協会が照ノ富士の引退を、正式に受理しました。

 

引退後は、「照ノ富士親方」として、日本相撲協会に残ることが決まりました。

 

照ノ富士は、2025年7月に定年を迎える師匠・伊勢ケ濱親方(元旭富士)の後を継いで、伊勢ヶ濱部屋を継承するという話もあります。

 

今後は、後進の指導にあたる照ノ富士の姿が見れそうです。



照ノ富士 引退のワケは?怪我と病気を抱えて。

照ノ富士の引退の理由は、膝の怪我と糖尿病です。

そして、横綱候補の若い力士の台頭です。

 

照ノ富士の体は、満身創痍。

2025年初場所前には、膝に水がたまって、腫れていました。

 

十分な稽古が出来ないまま、本場所へと出場した照ノ富士は、4日目の時点で2勝2敗という成績。

その時点で、これ以上土俵にあがるのはムリだと休場することにしました。

 

そのまま今場所は休場し、3月の春場所にもどってきてほしい、と私は思いました。

 

照ノ富士がこのタイミングで引退を決意したのには、若い力士の台頭もあると思います。

2025年初場所は、大関2人が綱取りをしています。

大関 大の里も近いうちに横綱になることでしょう。

照ノ富士は、自分の役目はここまで、と区切りをつけることができたのでは、と私は考えています。

照ノ富士が抱えていた怪我と病気は?

照ノ富士は、両膝の怪我に加えて、糖尿病も患っていました。

過去には、C型肝炎、腎臓結石を患ったこともあります。

 

両膝と悪化と、糖尿病、C型肝炎、腎臓結石により、2017年の大関から、2019年には序二段にまで番付を落としました。

一番悪かった時で、血糖値が500というから驚きですね。血糖値の正常値は、70~110といわれていますので、この値がどれだけ悪いかがわかります。

 

膝の怪我だけだったら、稽古しながら、相撲を取ることもできるでしょうが、内臓疾患は、稽古でどうにかなるものではありませんよね。

元気な時なら、筋トレも稽古もやればやるほど良くなるのに、やればやるほど悪くなっていくんですから。もう、そうなると気持ちの面でもやる気がなくなっていくんです。

(引用:Number Web)

照ノ富士も、その時のどうにもならなかった胸のうちを話してくれました。

 

病気を治療し、膝の怪我とは付き合いながら、序二段から横綱まで上り詰めた照ノ富士の精神力は想像することもできませんね。

自分が落ちていた時も変わらず応援してくれた人たちに対し、「もう一回やってやります」との想いなんです。「照ノ富士を応援していてよかったよ」と言ってもらえるように。

(引用:Number Web)

 

何度も辞めたいと伝え、それでも、「まずは病気を治せ」とそばにいてくれた師匠、どんな時にも応援しつづけてくれたファンの人。

 

体がすこしづつ動くようになって、筋力もついてきて、前を向くことができたのですね。

前を向いてからは、新弟子の時のように、一段一段のぼっていくことを楽しんでいた照ノ富士。

たとえ幕内にあがったとしても、何年もダラダラと相撲を続けたくない
2020年7月に幕内に復帰すると同時に優勝、その後もそのほとんどを二桁勝利の成績で、2021年9月に横綱となりました。
幕内力士が序二段に陥落後、横綱になったのは、照ノ富士ただひとり。
その偉業はずっと語り継がれるに違いありません。

 



照ノ富士 横綱としての成績は?休場回数は?

照ノ富士は、横綱在位21場所のうち、7場所休場、途中休場は6場所です。

15日間務めたのは8場所、そのうち優勝したのは6場所。

横綱としての役割を、しっかりと果たしていたのがわかります。

 

2021年7月21日に第73代横綱に昇進した照ノ富士ですが、その後も怪我と病気に苦しむ日々が続きました。

出典:現代ビジネス

横綱昇進後の照ノ富士の怪我の具合と休場についてまとめました。

 

2022年9月場所 両膝の状態悪く途中休場 右膝は「人工関節が必要」と言われるほどだった

2022年11月場所 両変形性膝関節症 糖尿病で休場

2023年1月場所 両変形性膝関節症 糖尿病で休場

2023年3月場所 両変形性膝関節症 糖尿病で休場

2023年7月場所 腰椎椎間板ヘルニア及び腰椎椎体終板障害で途中休場 

2023年9月場所 腰椎椎体終板障害と糖尿病により休場

2023年11月場所 腰椎椎間板性腰痛で休場

2024年3月場所 腰椎椎間板症により休場

2024年5月場所 左の肋軟骨の損傷と右の変形性膝関節症により休場

2024年9月場所 両変形性膝関節症 糖尿病で休場

2024年11月場所 両変形性膝関節症 糖尿病で休場

2025年1月場所 腰と膝の負傷のため休場

 

膝の具合が良くなく、手術を重ねていますが、膝をかばっているため、腰も悪くしていました。

 

ちなみに。

横綱になってからも休場を重ねていた照ノ富士ですが、過去の横綱はどのくらい休場していたのか調べてみました。

・稀勢の里(二所ノ関親方) 8場所連続休場

・貴乃花 7場所連続休場

・北勝海(八角理事長) 横綱昇進2年目に3場所連続、引退前も4場所連続休場

 

照ノ富士が特別、たくさん休場していた、という訳でもなさそうです。

横綱は負け越しても陥落はしません。

大相撲の最高位である横綱が負け越すわけにはいきませんから、現役である以上、勝ち越し、いや、優勝することが望まれているのです。

 

現役続行か引退か。

 

横綱は過酷な日々を過ごしていくことになるのです。


照ノ富士親方の誕生、引退のワケ、怪我や病気について、横綱の成績と休場回数のまとめ

・2025年1月17日引退、照ノ富士親方の誕生

・2025年7月に伊勢ヶ濱部屋を継承するかも

・両膝の怪我の加え、糖尿病、C型肝炎、腎臓結石も。膝をかばい、腰も悪い。

・横綱昇進後の休場回数は13回(途中休場含む)

 

照ノ富士は怪我で辛い状況の時、奥さんが支えとなり頑張ってこられました。
奥さんについて、こちらの記事でご紹介しています。合わせてお読みくださいね。

横綱はどのくらいのお給料をもらっているのでしょうか。休場中もお給料はもらえているのか、こちらの記事で詳しくご紹介しています。

最後までお読みいただきありがとうございました。



コメント

タイトルとURLをコピーしました