舞の海秀平さんは、NHK大相撲中継の解説者として活躍していますね。
歯に衣着せぬ解説で、時にびっくりするような解説をして、世の中を驚かせることもありますが、それが舞の海秀平さんの特徴ですよね。
この記事では、舞の海秀平さんの学歴やプロフィール、経歴などをわかりやすくお伝えします。
これを読めば、現役時代の舞の海秀平さんを知らない方も、知っている方も、舞の海秀平さんにもっと興味が沸くはずです。
舞の海秀平の学歴は?出身高校はどこ?大学でてるの?
舞の海秀平さんは、青森県立木造(きづくり)高等学校、日本大学経済学部出身です。
それぞれ詳しくご紹介します。
青森県立木造高等学校
所在地:青森県つがる市木造日向73-2
偏差値:53
特徴:「文武両道」を掲げ、大学進学率は80%、相撲部、柔道部、陸上競技部、競技かるた部が県大会に出場
エピソード:高校進学にあたって、中学でも相撲で成績を収めていた舞の海少年は、高校でも相撲を続けたいと思っていました。
しかし、地元の相撲強豪校である、青森県立鯵ヶ沢高校からは声がかかりません。
当時から、舞の海少年は体が小さかったので、強豪校では戦力にならない、と思われていたのかもしれません。そんな中、木造高等学校 相撲部の顧問が舞の海少年を勧誘しにきました。
舞の海少年としては、鯵ヶ沢高校への憧れはありましたが、木造高校の顧問が、舞の海少年の家にまでやってきた、ということに舞の海少年はとても感動し、木造高校へ進学することにしたのです。
この時の相撲部顧問の岩城先生との出逢いが、舞の海を相撲人生へとつなげていくことになるのですね。
・相撲に対する厳しい指導
・大学進学にあたり、奨学金の手配
これらが、舞の海が相撲をつづけていくことができた要因なのです。
木造高校も全国大会で10回優勝するなど、相撲で強い学校だったので、強い力士を育てるノウハウがあったことは間違いないですね。
日本大学経済学部
所在地:東京都千代田区神田三崎町1-3-2
偏差値:53~61
特徴:「大きくて、きめ細やかな学びの場」を提供。200以上の履修科目があります。少人数制のゼミも特徴のひとつ。学生が、自らの意思で学びに参加できる環境が整っている。
エピソード:日大相撲部と言えば、田中英壽監督ですね。のちに日大理事長となる方です。
晩年は、色々な場面で報道されることも多く、印象があまりよくない方もいらっしゃるとは思いますが、相撲界においては、とても影響力のある方だったのですよね。
アマチュア相撲力士として、成績も収めていましたし、なんといってもその指導力はずば抜けていました。
舞の海秀平さんも学生時代に、田中監督から指導を受け、70kgだった体重を4年間で90kgまで増量することに成功したのです。
舞の海秀平さんは、体は小さくとも、大学時代に成績を収めることができました。
その成果を受けて、大相撲界に入門した時、序ノ口からではなく、幕下からスタートすることができたのです。これを「幕下格付出」といいますね。
これは大きなアドバンテージですよね。
特に、舞の海秀平さんのように小さな体ですと、勝ちあがっていくのも大変だろう、と私は思いました。
舞の海秀平のプロフィールは?身長や出身地は?
舞の海秀平さんのプロフィールをご紹介します。
四股名 | 舞の海秀平(まいのうみ しゅうへい) |
本名 | 長尾秀平(ながお しゅうへい) |
出身地 | 青森県西津軽郡鰺ヶ沢町 |
生年月日 | 1968年2月17日 |
血液型 | B型 |
身長 | 171㎝ (現在は169㎝) |
体重 | 101kg (現在は85kg) |
青森県の津軽地方は相撲の盛んな地域ですね。
2024年7月現在ですと、伊勢ヶ浜親方(旭富士)や、阿武咲、宝富士、尊富士が津軽地方の出身ですね。地元の人にとってみたら、土俵上で活躍する力士がたくさんいることは誇りでしょうし、なによりも、子供たちが力士に憧れる機会を作ってくれている、と私は思います。
子供たちが力士に憧れ、相撲の道に進んでくれることは、相撲という文化を継承していってくれることになりますね。
子供たちに、古くからの伝統を受け継いでいってほしいな、と私は強く思います。
舞の海秀平の経歴は?
舞の海秀平さんの経歴をご紹介します。
・鯵ヶ沢町立舞戸小学校では、相撲が一番強かった
・中学3年生の時、全国中学校相撲選手権大会 ベスト8
・日本大学 相撲部に入部。田中英壽監督の指導を受ける。
・大学時代に、全日本相撲選手権大会 ベスト32。「幕下付出」の権利を得た。
・山形県の高校教員採用試験に合格、高校教師をめざす。
・卒業間際に、大相撲界に入ることを決意
・初土俵:1990年5月場所 (幕下付出60枚目として)
・新入幕:1991年9月場所
・引退:1999年11月場所
・所属部屋:出羽海部屋
・最高位:東小結
舞の海秀平さんは「小兵力士」として有名ですね。
舞の海秀平さんが活躍していた時代は、力士の体が大型化していた時代で、体重130kg以上の力士がたくさんいる中、舞の海秀平さんの体重は100kgに満たないくらい。
その中で勝っていくために、舞の海秀平さんは多彩な技を駆使します。
大きな体の力士と組んでも勝てるワケないですよね。
舞の海秀平さんは、土俵上での様々なパターンをシミュレーションし、取組に望んでいました。
イメージパターンを多く持つようにしていました。
(引用:B-plus)
このように語っています。
取組中は、頭であれこれ考えていては体が動きませんから、日ごろから常にシミュレーションしておくことで、本番で体が勝手に動く、ということなのです。
いかに準備が大事か、ということですね。
相撲には、柔道やレスリングのように階級はありません。
それは、
ということが大前提として、あるからなのですね。
だからこそ、舞の海秀平さんのような小兵力士が活躍できるのです。
2024年7月現在でいえば、翠富士(みどりふじ)は小兵力士の筆頭ですね。
これからも、舞の海秀平さんや翠富士のような小兵力士がでてきてくれることを楽しみにしています。
舞の海秀平のまとめ
・舞の海秀平さんは、木造高等学校、日本大学の出身
・舞の海秀平さんは、青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身
・舞の海秀平さんの最高位は、東小結
・舞の海秀平さんは、NHK大相撲解説者として活躍
現役時代に活躍していた、舞の海秀平さんを支えてきたご家族はどのような方なのでしょうか。こちらでご紹介していますよ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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