炎鵬の家族はどんな人たち?プロフィールは?経歴も知りたい!

相撲力士

炎鵬(えんほう)は力士の中でも背が小さい小兵(こひょう)力士として有名ですね。
そして、なんといっても端正な顔立ちのイケメン力士として人気があります。

 

「炎鵬の実家の家族はどんな人なの?」

「炎鵬に兄弟はいるの?」

石川県出身の炎鵬のプロフィールや経歴についてもご紹介します。

 

この記事を読めば、炎鵬の家族構成や幕内力士として活躍していた炎鵬の経歴、そして、炎鵬が今どうしているのかもわかります。

きっともっと、炎鵬を応援したくなりますよ。

炎鵬の家族はどんな人たち?

炎鵬は父親、母親、兄の4人家族です。

炎鵬自身は結婚しておらず、2024年3月現在、独身です。

 

実家の父親の名前は、中村進さんです。

北國新聞社という新聞社に勤めています。

 

実家の母親の名前は、由美子さんです。

専業主婦をしています。

炎鵬が子供の時には、PTA活動をしながらパートで働いていました。

 

炎鵬は二人兄弟で、兄がいます

兄の名前は文哉さんで、金沢学院東高校、金沢学院大学を卒業しています。

父と同じ、北國新聞社に勤めています。

 

親子で北國新聞社に勤務していて、新聞に炎鵬の記事が載ることは、家族としてとても喜ばしいことですね。


炎鵬のプロフィールは?出身地はどこ?身長、体重は?

炎鵬のプロフィールをご紹介しましょう。

炎鵬のプロフィール

四股名 炎鵬 友哉(えんほう ゆうや)
本名 中村 友哉(なかむら ゆうや)
出身地 石川県金沢市
生年月日 1994年10月18日
身長 167.0cm
体重 102.0㎏
血液型 AB型
所属部屋 宮城野部屋
最高位 東前頭4枚目
初土俵 2017年3月場所
新入幕 2019年5月場所
趣味 寝ること 自炊

 

炎鵬は石川県金沢市出身で、両親は金沢に住んでいます。

2024年の能登半島地震の被災地である、能登町は炎鵬の両親の故郷で被害状況も大きなものとなりました。

被災地の人たちを元気づける意味で、2024年初場所の復帰を目指していましたが休場となりました。

 

炎鵬の中でも、故郷の被災地への思いもあり、以下のように話しています。

「少しでも力になれるように頑張りたい。僕自身も励みになるので、身が引き締まる」

(引用:中日スポーツ東京中日スポーツ)

 

炎鵬自身、初場所復帰を目指していました。

私は、震災のタイミングで復帰して自分の相撲をみて、被災地の人々に元気になってほしいという願いがあったのだと思います。

2024年5月場所からの復帰に期待ですね。

炎鵬の身長と体重

炎鵬は力士の中でも体が小さく、小兵力士と呼ばれています。

日本相撲協会では、力士になれる『身長と体重の基準』が決められています。

最低でも、身長167㎝以上、体重67㎏以上ないといけないのです。

 

2024年3月現在、炎鵬は身長167㎝、体重102㎏です。

身長は基準にギリギリ届いているのがわかります。

2024年3月現在の幕内力士の最長身と最重量の力士と比べてみます。

 

身長 体重
金峰山 193㎝
湘南乃海 193㎝
照ノ富士 192㎝
炎鵬 167㎝
剣翔 195㎏
大奄美 190㎏
錦木 188㎏
炎鵬 102kg

 

こうしてみると、炎鵬がいかに小兵力士と呼ばれるのかがわかりますね。

しかし炎鵬は身長差と体重差をもろともしない取組が魅力的な力士です。

 

炎鵬は土俵上では果敢に動き回り、相手力士の横から崩す特徴的な相撲をとります。

『ひねり王子』とも呼ばれており、捻り技が得意です。

炎鵬ならではの相撲は、会場を沸かせるものが多く、炎鵬が人気の理由の一つですね。


炎鵬の経歴は?

炎鵬は、若い頃から相撲で数々のタイトルを獲得しています。

それらをご紹介しましょう。

 

中学校時代
三年生の時、全国都道府県中学生相撲選手権大会 石川県代表として団体優勝

 

高校時代
三年生の時、世界ジュニア相撲選手権大会 軽量級 優勝
高等学校相撲 金沢大会で個人3位

 

大学時代

一年生の時、西日本学生相撲選手権大会 優勝

二年生・三年生の時、 世界相撲選手権大会 軽量級 2連覇

など10個のタイトル獲得

 

大学卒業後、横綱 白鵬の内弟子として宮城野部屋に入門

 

角界入り後

2017年5月場所 序ノ口優勝 7戦全勝
2017年7月場所 序二段優勝 7戦全勝
2017年9月場所 三段目優勝 7戦全勝
2018年3月場所 新十両 所要6場所での昇進は史上最速タイの記録
2018年5月場所 新入幕
2023年1月場所 11日目の取組中に右目の眼窩底骨折で途中休場
2023年5月場所から、持病の首痛の悪化による頚部椎間板ヘルニアと脊髄損傷のため休場
2024年3月場所も休場 番付は東序二段54枚目に

炎鵬の相撲のきっかけは?

「なんで人前でケツを出さないといけないんだ」

と、炎鵬は相撲に対して、あまりいい印象は持っていなかったのです。

相撲をしていた兄に連れられて相撲の稽古に行くうちに、周囲の勧めもあって、5歳の時に相撲を始めました。

これが、炎鵬の人生を大きく変えることになったのですね。

 

相撲は無差別級なので、体が大きい子と小さい子が対戦しますよね。

体の小さな炎鵬は、体の大きな友達になんども勝ったことで、小さい体でも勝てる、ということを身をもって体験。

相撲の魅力に取りつかれてしまったのです。

 

ちょうどその時、大相撲の土俵では、体の小さな小兵力士の代表、舞の海が活躍していました。
舞の海はアイデアを使って、自分より体の大きな相手に、さまざまな技をしかけて、勝っていました。

「こんな勝ち方ができるんだ!いつかこんな相撲を取りたいな」

炎鵬少年はそんな夢を持っていたのです。

 

角界入りしてからも体は小さい炎鵬でしたが、立ち合いでの変化は滅多にせず、真っ向勝負を挑んでいきました。

体重180kgの大翔鵬に対して、下手投げで勝ったこともあるのです。

身軽な力士は、土俵上を動き回り、相手を翻弄することはよくありますが、投げ飛ばすなんて、すごいですよね。

自分の体重の約二倍もあるのに。

 

それが炎鵬の首に負荷をかけてしまっていたのかも、と私は想像してしまいました。

 

2024年3月現在、炎鵬は稽古を開始しています。

炎鵬が土俵にもどってくるときは、万全の体調になったとき。

そのときは、きっと活躍してくれますね。

その時を楽しみに待ちたいと思います。

がんばれ 炎鵬!


炎鵬の家族、プロフィール、経歴のまとめ

・炎鵬の家族は、父、母、兄の4人

・炎鵬は石川県出身

・炎鵬は中学、高校と成績を残すもののスカウトされなかった

・炎鵬は大学でも成績を残し、宮城野部屋へ入門した

 

イケメン力士の炎鵬には彼女はいるのでしょうか?もしかして、結婚している?
こちらの記事で詳しくご紹介していますので、合わせてお読みくださいね。https://nihonbunka.net/enho-marriga-2211
最後までお読みいただきありがとうございました。

 



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